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ブログ13:紙のスノーフレーク

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こんにちは皆さん! 冬休みはもうすぐ来ているね。そこで、クリスマスはもうすぐ来ます。クリスマスはもうすぐ来たので、特別な手作り飾り物を教えてみよう。 作る前に用意するものですが、二つだけです。     1. 白い紙 (プリンターペーパーはOKです!)  2. ハサミ まず、紙を半分に折って三角の形にして、それから、も一度それを半分に折ります。 次に一つの先を真ん中の方に折って、3分の1に折ります。反対の先を同じような3分の1に真ん中の方に折ります。 後に、上のことを切ります。(三角の半分ぐらい切る)。 次に三角の何でも好きな形を切ってください。スノーフレークはいつも独特な形があるので、そのステップは色々な形を切ってみよう。 最後に紙を広げてスノーフレークの形を見えます。壁で貼って、飾ることができます。

ブログ12:日本の駅のカルチャーショック

今年の夏、私は日本に上智大学で留学しました。私は日本へ行く前にたくさん日本の文化を勉強した、あまりカルチャーショックが感じられません。けれども、日本の電車や駅のことはアメリカに比べて、まったく違いてびっくりしました。 日本の駅は、第一の違いは駅の中にずっと店があります。多い店ことから、たくさんの人は駅に買い物を買いに行って、本屋とかレストランとか何でも買うことが出来ます。そこで、駅は普通は町の真ん中にあって、モールのようなセントラル場所にとって立ちます。駅では買い物をすることだけじゃなくて、よく会う場所にとって、周りにいろいろな楽しい出来ることでもあります。とても便利でしょうね。アメリカの駅はあまり店がないし、確かにレストランがありません。たぶん大きい駅で、ニューヨークのグランドセントラル駅とか、レストランがあり、もっと日本のような駅だと思いますが、普通のアメリカの駅は便利じゃないと思います。 例えば、アメリカの駅で電車はよく予定どおり到着しませんが、日本の電車はいつも 5 分~ 10 分ごとに到着します。私の経験に関して、ロスアンゼルスで電車に乗り遅れた時、あと 30 分ぐらい次の電車に待たなければなりませんでした。けれども、日本で電車に乗り遅れば、おそらく次の電車は 5 分ぐらい来るだろう。だから、日本の駅の方が便利で、好きです。 でも、他の日本の駅のカルチャーショックのことは、とても厳しルールがあります。駅のエスカレーターの観察したルールは左側に立ってもいいですが、右側に人は動かなければなりません。そちらのルールは東京で残っていますが、関西ではエスカレーターの立っている場所や動く場所は反対です。私にとってとても混乱しましたよ。そして他のルールは電車が駅に来た時、ドアが開けて、電車の中の人は電車に出るために、駅で待っている人はドアの横に立ちます。そちらのルールはアメリカの駅であることは考えられないから、私はちょっとびっくりしたが、あとに便利なルールが分かるようになりました。日本のスタイルな駅はアメリカに欲しいですよ。

ブログ10:日本のカメラの歴史

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現在たくさんの日本製のカメラがあります。 「 Nikon 」とか「 Olympus 」があるですが、どうやって日本にカメラが輸入しましたか。皆知っていますか。今私は日本写真のクラスを取っていますので、その歴史を学んで面白いと思います。 日本にカメラの始まり紹介された時は 1848 年です。当時、鎖国が起こっているですがオランダ人と少し貿易をしました。その頃オランダからカメラは輸入しました。 1849 年に日本の始めた写真が取られました。「 Daguerreotype 」という最初のカメラの技術で島津斉彬 という大名の写真を取られました。下に見て下さい。 日本の最初の写真 (1849) 1853 年は鎖国が終わり時ですから、欧米の技術は日本に輸入して増えていました。カメラの技術は日本で広がりました。横浜でカメラのことが人気があるようになりましたので、たくさんのカメラスタジオが確立しました。そして、 1800 年代後半から 1900 年代初めにかけて、外国から日本に行く旅人は少なくないので、カメラスタジオで日本風景の写真をよく買いました。 面白い歴史ですね。現在、日本製のカメラが発展して、世界中で有名です。

ブログ9:アフリカ人の侍

 こんにちは皆さん。今日の発表はあまり知らない侍を話したいと思います。皆さん、弥助(やすけ)を知っていますか。アフリカ人の侍が聞いたことがありますか。弥助はアフリカから来た、日本で織田信長の家来になると侍になりました。 弥助の人生はあまり知られませんですが、彼はイタリア人の宣教師と共に 1579 年頃日本に行きました。弥助の歴史はポルトガルと日本の史蹟通して知ったようになりました。アフリカのモザンビークは当時よくポルトガル人接触していたので、弥助はモザンビークから来ましたと思われています。けれども、イタリア人の宣教師のアレッサンドロ・ヴァリニャーノは弥助を日本に連れさせて来ました。弥助は日本に着いた時日本人は黒人にあまり見たことがないので、少なくない日本人はすぐに弥助を見に行きました。織田信長はそれの一つの人だ、弥助を見ると黒肌は墨と思いて、肌を洗わせました。本当の黒肌に観察された、弥助の興味になりました。 しばらくして、弥助は織田信長の家来になりました。弥助の背が六尺と言われていて、織田信長は弥助の強いさは十人のようなと言われました。そして、弥助はたぶん少し日本語が話せるので、織田信長は弥助と話していて好きと言われています。そこで、織田信長は弥助に好きになりました。弥助は自分の住居と剣とお金をもらえた、すぐに侍になりました。天目山の戦いで弥助は織田信長の軍と一緒に戦いました。 弥助は歴史的にあまり知られていないが、現在弥助の話はもっと知ってなります。歴史的に弥助は日本の一人だけのアフリカ人の侍。そして織田信長は日本統一を目指しながら、弥助を信頼して好きになったのは西洋の技術や文化を輸入するのような考えと思います。弥助について大切な歴史だと思います。

ブログ7:日本の旅行

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 今年の夏日本で留学しました。確かに、学校で勉強しましたが、このブログで日本の旅行を話しと思います。留学しながら、三つの旅行をしました。   最初の旅行は広島に学校の旅行です。私の留学プログラムと、新幹線で広島に行って色々な所に行きました。広島平和博物館と原爆ドームと厳島までも訪ねました。原爆ドームは、言うまでもなく、憂鬱な感じでした。したがって、平和という点から考えると原爆ドームを見ると、将来戦争を辞める希望を立ちます。原爆ドームに訪ねる上に厳島に行きました。厳島神社をたくさん写真を取りました。そして、島の鹿はとてもかわいいでした。     次の旅行はゴールデンウィークの時一人で関西に行きました。京都で泊まって、京都だけじゃなくて、大阪と姫路も訪ねました。京都で色々な神社に行って、嵐山竹林も行きました。大阪ではたくさん美味しい物を食べました。道頓堀でたこ焼きやお好み焼きをたくさん食べました。けれども、姫路城の訪ねる時は一番楽しいことだと思います。京都から行ったので、早く起きて、電車で姫路に行きました。姫路城で長い列があったですが、姫路城の取った写真は美しくて、待っている時間は大丈夫でした。     最後の旅行は日本に出る前に、富士山を登った経験をしました。私は十人の友達と富士山に行って、午後 8 時にハイキングを始まりました。午前 4 時までに山頂に続きたいので、朝日を見たいでした。午後 8 時に出って、午前 2 時に山頂を続きました。大変なことに、山頂で 2 時間を待たなければなて、すごく寒いので十人の友達は近くに集まりました。でも、朝日の時はとても美し景色でした。  概して、日本の留学時はとてもたのしかったです。たくさん旅行を出来た、色々な日本の所や文化を観察しました。日本に帰りたいです!

ブログ6:便利なアプリに紹介

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こんにちは皆さん。このブログで便利なアプリに紹介したいと思います。皆さんは「 Kanji Study 」というアプリを知っていますか。このアプリは日本語を勉強している生徒ためにとてもいい漢字の練習だと思います。紹介後でダウンロードしてみてください。 このアプリは JLPT のテストの漢字に練習するからです。そこで、漢字の練習問題は JLPT の五つ部分( N5 から N1 )で組織された。三つの練習方があります、フラシュカードと複数の選択肢クイズ、そして書き方チャレンジ。フラシュカードと複数の選択肢クイズは、言うまでもなく、とてもいい練習方ですが、アプリの一番面白いことは書き方チャレンジだと思います。それは、指でスマホに漢字を描いて、筆順を気をつけるのは必要です。正しい筆順を描かない場合はもう一度描かなければなりません。私は毎日のようにこのアプリで練習してみます。 悪い点はアプリは無料じゃありません。アプリストアからダウンロードできますが、 N5 の基本漢字だけは無料です。全部の練習ことを欲しいたら、十ドルを払わなければなりません。でも、それは安くてアプリの練習ことはとてもいいと思いますので、おすすめです。日本語の勉強ことの中で漢字は一番難しと思われていますから、このアプリをダウンロードして頑張りましょう。

ブログ5:ロボットについて

セイドフ・タイラー ミニ発表 10 今日の発表はロボットのことを話したいと思います。みんなさんはロボットがかっこいいと思いますか、怖いと思いますか。現在、ロボットの技術は高くなって近い将来に人間のより賢くなってと言われています。 現在のロボットは色々なことが出来ます。確かに、ロボットは、言うまでもなく、人間の代わりに仕事をもっと簡単になります。例えば、工場で製品をもっと早くに作られます。だが、一番技術が高いロボットは人間型のローボトです。そのロボットはまるで人間のように歩いたり、話したり、人間のできることが出来ます。日本では様々人間のようなロボットがありますが、紹介にしたアシモくんは一番高いと思います。アシモくんは人間のように歩く上に、人間と会話ができます。そこで、本当の人間ほど人間のように考えます。アシモくんはホテルで客様をあいさつ出来るとか、レストランで注文を受けて食べ物を提供して出来ます。やさしい社会という点から考えると、そのロボットは人間を助けることが出来ていいと思います。 悪い点に対してロボットの技術が上がったらロボットは自己認識になると思われています。自己認識になれば、自分で考えて、人間のもらえた指示をすることはない。これは悪いと思いますので、 SF の映画のようにロボットは人間を殺せます。これは事実かどうかわからないですが、人間型のロボットはちょっと怖いいでしょう。 しかし、ロボットの技術を高くなて続いた方がいいと思ういます。自己認識になれば、もっと便利なことが出来ます。例えば、人間型のロボットは年上の人と生活をしたら、年上の人と友達に作られてケアを出来ます。人間型のロボットはちょっと怖いいそうですが、一般的に便利と思ういます。