ブログ9:アフリカ人の侍

 こんにちは皆さん。今日の発表はあまり知らない侍を話したいと思います。皆さん、弥助(やすけ)を知っていますか。アフリカ人の侍が聞いたことがありますか。弥助はアフリカから来た、日本で織田信長の家来になると侍になりました。
弥助の人生はあまり知られませんですが、彼はイタリア人の宣教師と共に1579年頃日本に行きました。弥助の歴史はポルトガルと日本の史蹟通して知ったようになりました。アフリカのモザンビークは当時よくポルトガル人接触していたので、弥助はモザンビークから来ましたと思われています。けれども、イタリア人の宣教師のアレッサンドロ・ヴァリニャーノは弥助を日本に連れさせて来ました。弥助は日本に着いた時日本人は黒人にあまり見たことがないので、少なくない日本人はすぐに弥助を見に行きました。織田信長はそれの一つの人だ、弥助を見ると黒肌は墨と思いて、肌を洗わせました。本当の黒肌に観察された、弥助の興味になりました。
しばらくして、弥助は織田信長の家来になりました。弥助の背が六尺と言われていて、織田信長は弥助の強いさは十人のようなと言われました。そして、弥助はたぶん少し日本語が話せるので、織田信長は弥助と話していて好きと言われています。そこで、織田信長は弥助に好きになりました。弥助は自分の住居と剣とお金をもらえた、すぐに侍になりました。天目山の戦いで弥助は織田信長の軍と一緒に戦いました。

弥助は歴史的にあまり知られていないが、現在弥助の話はもっと知ってなります。歴史的に弥助は日本の一人だけのアフリカ人の侍。そして織田信長は日本統一を目指しながら、弥助を信頼して好きになったのは西洋の技術や文化を輸入するのような考えと思います。弥助について大切な歴史だと思います。

Comments

  1. へえ。面白いですね。弥助のことに、初耳です!弥助は丁髷をしましたか。どんな服を着ていましたか。いつ、どうやって死にましたか。セイドフさんの発表に楽しみにしています!

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  2. アフリカ人の侍の弥助のことは初めに聞きました。勉強になりました!そして、織田信長は本当に外国人や外国のことが好きでしたね~

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